「クリーニングがつなぐ地域」株式会社丸正

「クリーニングがつなぐ地域」株式会社丸正

創業1962年。当時のクリーニング業は、職人の仕事で弟子入りをして暖簾わけをしてお店を構えるという時代でした。62年経った今、株式会社丸正は津市内に10店舗をもつ老舗のクリーニング屋になりました。クリーニングの歴史と今、そしてどのようなSDGs取組みをされているのかをお聞きしました。

「水を大切にしたいから」イルカが会社のイメージキャラクター。

■クリーニングのはじまり~和装~

渡邉研一郎さん

クリーニングの歴史は、室町時代の和装の洗い張りに遡ります。今のクリーニング、つまり洋装に対応する西洋のクリーニングは、明治中期に現在の白洋舎さんが横浜開港を機に船員の依頼を受け開業したのがはじまりと言われています。
和装と洋装のクリーニングはまったく違います。和装は長い長方形の反物から無駄なく布地を取るため、和服の縫い糸をほどいて部品を合わせると元の長方形の反物になります。和装の洗い張りは、型崩れしないように、着物を一旦全部ほどいて反物に戻して、それを洗い、水で晒して濡れた状態でピンと張ります。昔は、灰を溶かしたアルカリ性の水で洗っていました。人の皮脂の汚れは主にタンパク質でアルカリに溶けるからです。上等なものは洗い張って、染め直すというのが 伝統的な洗い張りの工程で主に染め物屋さんが担っています。

 今は、基本はドライクリーニングです。ドライクリーニングとは水を使わず油で洗う手法です。水洗いに対して『油洗い』と僕たちは言っています。着物でよく使われている絹は繊維の分子(主にタンパク質を構成するアミノ酸)に水分子が結合すると膨張し、乾いても戻らずシワなどの変形が起こります。油の場合はそういったことがないので、一般的にはドライクリーニングをします。今でも昔の伝統的な『洗い張り』をする場合もあり、当社も承っています。洗い張りの値段は、着物の素材や染めによって全然違います。
着物のクリーニングのご依頼は今でも年に平均200~300着の依頼があります。

■クリーニングと公衆衛生・感染防止

明治中期から商業クリーニングはありましたが、近代的な商業クリーニングが本格的に発達したのは戦後です。戦争により日本中が焼け野原になり、ライフラインも壊滅的な打撃を受けました。特に都市部では昭和20~25年に、チフス・コレラ・赤痢・天然痘などが蔓延し、生後1年以内に亡くなる赤ちゃんの致死率は100人産まれたら76人が亡くなるほど衛生環境が悪い状態でした。GHQも当時の政府も何とかしなければと国主導の下、各保健所の整備、今で言う生活関連サービス業と言われるクリーニング業、飲食業、旅館業、理美容業、公衆浴場業には国家資格を取得して、必要な知識を身につけてから営業するという施策を行いました。特にクリーニング業の場合、不衛生な衣服を洗うので、公衆衛生・初期感染対策という面が非常に社会的な役割として求められて発展してきました。最近では、新型コロナウィルスのパンデミックやインフルエンザの流行で衛生意識が高まりましたが、クリーニング業は、衣服を適切に洗うことによって社会の感染防止の役割の一翼を担っています。
クリーニング業を始めるには、「クリーニング師」という国家資格を取得し、クリーニング会社に最低1名は在籍しているように法により定められています。この「クリーニング師」の国家試験には、公衆衛生・疫学の基礎も問われ、必要な知識を習得しないといけません。また、クリーニング店を設置するときには必ず保健所の確認があり、例えば手洗い場があるか、スタッフの衛生管理はどうかといった法律の規定があります。クリーニング業法の第一条には「公衆衛生等の見地から必要な指導及び取締りを行い、もつてその経営を公共の福祉に適合させる」という一文があります。企業ですから利益を求めるのは当然ですが、その前段階として社会の役割として公衆衛生、感染防止が重要な役割であることは自覚しています。

■クリーニング業の今

「コロナ禍以前は、ビジネス用の背広・ネクタイ・ワイシャツや礼服のご依頼が通年で一定数ありましたが、コロナ禍以降、ビジネス関連の衣服特にワイシャツのご依頼は1割程度になりました。在宅勤務や○○ビズ、ビジネス場面での衣服のカジュアル化などで背広・ネクタイ・ワイシャツも着る場面が減ったこともあります。逆に増えてきたのが、企業の作業着・制服や介護施設に入居されている方の私服です。比率で言うとまだまだ個人が多くて、法人のお客様は2割ぐらいです。
私たちは100年企業を目指しています。クリーニング業の生き残りというか持続性は『提供するサービスの差別化』しかないと考えています。個性といってもいいですね。そのためには、お客さまに「クリーニングがいかに大切か」を知っていただくしかない。以前から取り組んでいますが、ただ汚れを落とすだけではなくて、素材や汚れに応じた洗いを提供しています。お客様には気に入った洋服を10回ではなく20回着ていただきたいし、さらに100回と長く着ていただきたい。なるべく繊維に負担をかけないように、でも的確に汚れを落とす洗いを目指しています。そのため他社よりはお値段が少し高いです。でも当社を選んでくださるお客様を大切にしたい。」

■手作業による仕分けと環境配慮

「お客様の服が工場に届くと、1点1点すべてを素材と汚れを見ながら仕分けをします。仕分けは社長と私で行います。私たちは、『繊維製品品質管理士』という、繊維業界や化学繊維メーカー、アパレル関係など繊維を扱う全ての業界の専門的な知識を持った資格を取得しています。服の繊維の素材を見て、この服がこの洗いに耐えられるのかどうか、実際その服がどれだけの強度で汚れているのか、洗いが強すぎないかを1点1点判断します。石油系ドライクリーニングとテトラクロロエチレンのドライクリーニング、水洗い、と、それぞれに細かく合計27種類の洗い方に分けています。
石油系ドライクリーニングで洗浄に使った溶剤は、洗浄後機械で脱液(水ではないので脱水とはいいません)し、自然乾燥したうえで乾燥機にかけ最終的に気化させます。洗浄に使用した汚れた溶剤は機械の中でフィルターと活性炭を通して浄化し再使用しています。テトラクロロエチレンは1回洗うたびに汚れた溶剤を蒸留し新液にして再使用します。テトラクロロエチレンの場合は、法律で有害物質に指定されているので同じ機械の中で乾燥します。機械の中で洗って、溶剤も蒸留して、服についた溶剤も回収して機械から出さずに乾燥にして、気化したガスも全部蒸留機に回して、溶剤を全部回収しています。なので溶剤が液体の状態でも、気体の状態でも機械の外にでることはありません。」

■選んでいただくために…。

「大切にしているのは、『洗い』と『接客』をキチンとすること。やるべきことをキチンとすることです。キチンとした仕事をするので相応の対価もキチンといただきます。かかるものは、かかるので。これは長く商売する上で、継続的に仕事をさせて頂く上で、必須なことだと思っています。その分、私たちの行っていることや、サービスを提供する上での情報提供・リスク提示は積極的にやっているつもりです。たぶん三重県で1番高いクリーニング料金だと自負しています。「きちんと洗って仕上げてくれる(仕事してくれる)から当社に出す」というお客さまに固定客になっていただけたらいい。他店が安価で商売をしていても当社は当社の考えで仕事をします。実際、トータルの会社の売り上げはここ数年ほぼ変わっていません。8割強は固定のお客さまです。顔馴染みになって世間話をし、ご家族の様子もわかるようになる。日頃の人付き合いも仕事の一部だと捉えています。当社の社員、パートの方には大切な仕事として『お客さまと人付き合いしてください』と伝えています。人間関係が構築されていると、コミュニケーションがスムーズになり、行き違いや齟齬、連絡不足からくるトラブルを相当程度未然に防ぐことができ、また、個々のお客様にあったご提案もスムーズにできます。ホテルで言うとコンシェルジュみたいな感じです。100年企業を目指すためには、細く長く関係性を持続することが大切だと考えています。

■次世代にクリーニングをつなぐ

「2021年から毎年インターンシップという形で地元高校生を受け入れています。今の若い人は、その親世代もですが、衣服を使ったらクリーニングに出す習慣があまりないんです。クリーニング屋という存在や仕事自体知らない子もいて、クリーニング屋に行ったことがない、何をやっているところかわからない、と話すんです。これには、かなりショックを受けました。ですので、若い人にクリーニングの仕事を体験してもらって、クリーニング屋の必要性を知ってもらうことから始めないと、10年後20年後、クリーニング業がなくなってしまうかもしれません。高校生だけではなく、大学生にもWEBなどで啓発活動をしていかないといけないと考えていますし、実際にミーティングや講義という形で行っています。今は高校生や大学生でも、近い将来にはもうお客様ですから…。」

■クリーニング屋さんのCSR①

「1つは、『使用済みの羽毛製品のリサイクル』です。使い古したダウンジャンバーや羽毛布団を『回収』→『解体・中身の取出し』→『洗浄』→『アパレルメーカーに素材として販売』という循環をする事業です。三重県では三重県共同募金会が『回収』を担当し、伊勢市にある河田フェザー株式会社が出資してできたエコランドという会社が『解体・中身の取出し』を担当し、生まれた雇用で障害者雇用をすすめ、河田フェザー株式会社がその中古羽毛を買い取って『洗浄』と『アパレルメーカーに素材として販売』を担当しています。この循環で羽毛は商品になって、また消費者に届くというしくみです。お金の流れでいうと、エコランドに支払われたお金の一部を、赤い羽根共同募金を通して地域福祉への財源にするというしくみです。
当初、羽毛の回収は赤い羽根共同募金会の事務所やセンターパレスの窓口くらいでしかされていなかったのですが、当社もこの『回収』に貢献できるのではないかと思い、当社の店舗でも回収BOXを設置し回収することにしました。クリーニング店にはふとんや服を持ちこまれます。店頭に回収ボックスを置いたら、クリーニングに出しに来る“ついでに”不要になった羽毛のふとんやジャケットを入れていただけるのではないかと始めました。直営店5店舗に回収ボックスを置いて、お客さんはクリーニング出しに来る“ついでに”ポンと入れてもらう。それだけです。年に1回、すべての店舗の回収分を集めて、津市社会福祉協議会さんと三重県共同募金会さんを通じて回収羽毛製品を届けます。今年で5年目ですが、年平均120㎏は集まります。お客さんになぜ回収に協力いただけたのですか、と聞いたら、1番の理由が『罪悪感がないから』でした。リサイクルに出さないとまだ使えるのに燃えるゴミになってしまいます。羽毛は手入れをすれば100年は使えるそうなので、是非回収にご協力ください。」

■クリーニング屋さんのCSR②

「もう1つは、三重県動物愛護推進センター『あすまいる』への支援です。店頭に募金箱を設置し、それを原資として必要な物資等を購入し、譲渡という形で提供しています。当初、店頭で募ってそのお金を直接寄付させていただくという計画をしていたのですが、『あすまいる』さんは県の施設ということで、金品の寄付は受取れませんということでしたので、必要なものをお伺いして集まった募金で購入し、その物品を譲渡させて頂いております。
『あすまいる』の近くに当社の店舗の一つがあるのですが、お店の従業員がお客さまから施設のことをよく聞いていました。最初はあまり関心がなかったのですが、そのお客さまが施設に行かれて犬や猫の話をしてくださった。私も施設に行きました。従業員から『店頭で募金などできないでしょうか』と提案があり、当社が自分の金銭を寄付するのは簡単ですが、地域の人も巻き込んでいこうという事になり、店頭募金を始めました。そしてお金ではなく、その時々に必要なものを買ってお届けすることになりました。初年度は子猫が多いので体温を維持するための保温マット、その後は犬の胴輪とリード、譲渡会で使う移動用のキャリアケース、エサなどを提供しました。昨年ついに殺処分ゼロが達成されたようです。店頭では、保護された犬や猫の施設の環境づくりや、施設や譲渡会等の情報発信などをしています。“会社が地域に根ざす”というのはこういうことだと思います。『あすまいる』への募金額は年々右肩上がりに増えています。店舗でお客さんに『あすまいる』から子猫をもらったのよ』と言われた時は、従業員はかなり喜んで、仕事に誇りを持てるという意味でもやって良かったという気持ちになりました。従業員が誇りを持って仕事をするという面でも、羽毛プロジェクトやあすまいるの活動に参加するのは、会社の事業にとってプラスになっていると実感しています。」

■取材を終えて

 SDGsがすべての業種の目標になることを再認識しました。取材の前に、クリーニング業がどのようにSDGsに取組んでいるかとある程度想像はしていましたが、想像を超えました。
「暮らしの変遷と技術」「公衆衛生」「長く使う(ロングユース)」「環境配慮」「お客様との関係性とコミュニケーション」「地域に根ざす、地域とともにある企業としてのCSR」「従業員とのコミュニケーション」…。
自社の存続、持続性を考え、価格や社会状況によってぶれることなく、お客さまに満足していただける、納得していただけるサービスを提供する。固定のお客さまを大切にする。地域にある店舗を拠点としてお客さまとコミュニケーションを交わし『できること』を見つけて行う。
 会社と地域が「クリーニング」を通して結びつき、持続可能な社会とは言わずとも、よりより社会や暮らしを作ろうとしている。クリーニングと聞くと、環境への負荷も気になりますが、「水を大切にする」と自工場内で処理できる技術を投入している。
 どのような企業、どのような事業、どのような活動も、思考や発想、モノの見方を少し変えることで、持続可能な社会のつくり手になることを実感しました。

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