「地域や人々を愛し、地域や人々に必要とされる旅館」株式会社戸田家
「地域や人々を愛し、地域や人々に必要とされる旅館」株式会社戸田家
近鉄鳥羽駅で下車。ふっと見渡すと真っ青な海が広がり、その左手の丘に戸田家があります。創業はなんと1830年、天保元年、創業194年目。伊勢志摩の山と海の豊かな自然を守り、人々の営み、くつろぎ、安らぎを支えている老舗旅館。取締役業務支配人の宍倉秀明さんに、戸田家が取組むSDGsについてお聞きしました。
■伊勢志摩の自然に囲まれて
戸田家から眺める景色は「風光明媚」という言葉がぴったり。海の青色と山の緑色が目に映り、潮の香りが漂います。
「自然の豊かさ、自然の恵みがお客さまを癒します。社長から『自然を大切にしないと人には優しくできない。木の枝1本折る人間は、人に優しくは絶対できない。だから自然を大切にしなさい』とよく言われました。戸田家は旅館ですから「人にやさしい」ことはもちろんです。そしてそのためには、「自然環境にやさしく」なければいけないんです。」
■旅館の環境問題~生ごみで肥料をつくる
伊勢では御遷宮の前年から翌年までの3年間が遷宮景気と言われるほど賑わいます。特に平成4年、5年、6年の観光客はとても多かったそうです。
「その頃は、朝食300人分ほど、昼食300人分ほどを提供していました。そこで問題となったのが『生ごみ』です。旅館から出される生ごみが朝、昼、晩合わせて1日約300㎏にもなりました。バイキング会場では食べきれないほどの料理が並びます。お皿に料理がなくなるとどんどん作って、結局、食べきれず、ごみになってしまう。その状況が続きました。その上、当時は分別が十分にされておらず、生ごみの中にビールの王冠や割り箸、タバコの吸殻が入っている状態でした。生ごみの入ったごみの袋を屋外に置いておくと、翌朝カラスや野良猫に荒らされて大変なことになっていました。臭いもすごい。なんとかしなくてはと対策を考えました。一つの対策は、生ごみをたい肥にすることです。どうしても出てしまう生ごみを肥料にする。また、提供する料理の量を調整することにしました。お客様の人数をカウントして必要な量を作るようにしました。約300㎏の生ごみを処理する機械を2機導入しました。1機に2層あり、毎日2機4層を使って稼働させ48時間で堆肥になります。毎日約100㎏の生ごみたい肥をつくることができました。しかし、次の課題は、作った生ごみたい肥の使い道でした。三重県の農業研究所でたい肥の分析を行い、肥料として十分使えると証明をいただきました。
そして、鳥羽市の農家に戸田家で作った堆肥を使っていただけないかと問合わせを始めました。農家の返事は『旅館の生ごみで作った肥料は使ったことがないからむずかしい。農協から化成肥料を買うから使えない』でした。ところが、県内のある茶農家が試しに使ってもよいと言ってくれました。生ごみたい肥でて育てた茶葉がとても良くて好評でした。戸田家の肥料はかなり成分が強いのですが、より成分の強い肥料がほしいとオーダーが入り、漁協でもらった魚のアラを混ぜてもう1回発酵させた肥料を使っていたそうです。茶葉の緑が鮮やかになったと評判がたち、それまで関心のなかった農家もやってみようかと使っていただけるようになりました。その後、『農家から使ってみたい』という話もいただきました。南伊勢町の農家には、『戸田家の肥料を土に撒くと土がフカフカして水はけが良く、大雨が降った後でも水が早く引いて普通に歩けるほど。野菜の成長もすごく良くなって味も甘い』と言ってもらっています。戸田家で扱う野菜や果物は生ごみたい肥でつくったものに変えています。まさに『循環』です。」
■調理残差を魚のエサに…。
鳥羽は養殖が盛んです。しかし、養殖のエサであるイワシがすごく高騰していて養殖業者の経営を圧迫しています。と言う話がありました。
「『旅館の生ごみから魚のエサが作れないか』と冗談みたいな話をしていました。魚の養殖に関する研究会を発足し、県の農業研究所に「戸田家の生ごみたい肥を魚のエサにできないか」と相談し分析をしていただきました。 結果、十分使えることがわかりました。しかし、「旅館の生ごみから作ったエサで育てた魚」ではイメージが悪い。調理中に出る調理残渣をミンチ状にして養殖鯛のエサにしました。調理残渣の成分は主に魚なのでイワシに近いです。水産研究所で3年かけて実験をし、ペレットの大きさや重さも海底に沈むまでに魚が食べるよう沈降速度を調整して海底汚染にならないように工夫しました。養殖鯛は50センチを超えます。食用に問題ないという分析結果が出たので商工会議所でも試食会をしていただきました。自慢の鯛です。もちろん当旅館でお出ししています。
■エコホテル 戸田家に…。
「鳥羽市内で「生ごみをわざわざ分別して何千万円もお金かけて肥料を作っているらしい」と噂が広まりました。ISO14001を取得した時には、身近でよいことをしている旅館があると県内でも評判になりました。
使用済みのてんぷら油を燃料にした送迎バスも走らせました。戸田家に行って天ぷら料理食べて天ぷら油で走っているバスに乗るというツアーも企画してくれました。他にも四日市大学エネルギー環境教育研究会と連携して、放置竹林の竹の粉をエサにして育てた鶏が産んだ卵を旅館で使ったり、気候変動問題に対策として国内クレジット事業を展開したり、答志島の奈佐の浜で清掃活動をしたり、子どもたちと海岸でマイクロプラスチックの調査をしたり。志摩市にはサーフィンのメッカといわれる国府の浜というところがあるのですが、その浜で毎年海の日に日本サーフィン連盟と連携をして青いサンタクロースの帽子をかぶって清掃活動を行います。『ブルーサンタ活動』というイベントです。他にも、自家発電機や空き缶プレス機を導入したり、旅館は雑紙が多いので令和2年から毎月回収してトイレットペーパーにしています。トイレットペーパーの巻紙は地元の障害者の作業所に依頼しています。旅館初のエコマークの認定もされました。令和元年度には「エコ・オブ・ザ・イヤー」をいただきました。そして、令和4年には三重県のSDGs推進パートナーに登録されました。この地域で戸田家にできることを取り組んでいくうちに、生ごみも油も空き缶も古紙もと活動の発想がつながり、ひろがり、展開するようになりました。」
■外国人のホテルマン…。
三重県のSDGsの一番の課題は「人口減少」です。一方で、日本で働きたいという外国の人たちがたくさんいます。戸田家では外国の方の雇用はどのようにされているのでしょうか。
「今はネパールの方が11人、中国の方が7人、ベトナムの方が9人、ミャンマーの方8人が働いてくれています。一昨年にベトナム人2人をリーダーに、昨年はネパールとミャンマーの人をサブリーダーにしました。昇格すると仕事に対するモチベーションもあがるようで、より一生懸命仕事に向き合ってくれます。日本人の部下の指導もしています。
日本人がいないから外国人に頼るということだけではなく、ここでの経験が本国に帰ってから活かせるかもしれない、日本で働き続けてもらえるかもしれない、と考えています。共生、いい関係をつくりたいと思っています。
外国人の従業員は技能実習生もインターンシップも正社員もいます。技能実習生は24年ぐらい前から受け入れています。伊勢志摩サミット開催の際に外国人のお客様が急に増えて、英語ができる従業員を募集しました。しかし2020年にはコロナ禍で、中国から来ていた実習生は全員帰ってしまいました。令和2年10月頃から外国人の従業員は増えてきています。
昨日、全体朝礼でネパールの人に3分間スピーチをしてもらいました。『山がきれいな国ですから、ぜひ皆さん来てください』と話していました。ネパールの人たちに将来の夢を聞くと、日本でホテルマネジメントの勉強をして将来は国に帰ってホテルを経営したい、という声が多いです。ネパールは観光国なのでホテルがたくさんあります。ホテルのマネージャーになれるように日本で学びたい。そうすれば就職先があるのではないか、と考えているみたいです。「皆さん一生懸命で真面目です。お客様にアンケートを書いていただくと外国人のスタッフの評価がとても良いんです。本当に助かってます。」
■災害時の旅館の役割
災害時において旅館が担う役割は多くあると思うのですが、災害時の対応などお考えでしょうか、とお聞きしました。
「戸田家は鳥羽市と避難所指定の協定を結んでいて、帰宅困難者を受け入れることになっています。障害者福祉施設や作業所の方の避難所にもなってます。その場所から車で5分程度かかるため結構遠いのですが、川が氾濫した時の避難場所を考えるとここに来るしかないんです。部屋が空いていれば部屋を使っていただきます。部屋が空いてなかったら宴会場に一旦入っていただくなどします。食事と寝る場所を提供します。
鳥羽市の人口は約17000人です。小さい市なので伊勢市と志摩市と連携をしています。
もし災害が起きたら、三重県の北部から伊勢までに移動はできますが、鳥羽までは難しく、鳥羽は孤立してしまいます。完全に交通網が遮断されてしまうエリアが結構あります。直近では、去年雪が久しぶりに降り電車もバスも止まりました。道路は通れなくなります。台風の時も大雨になると道路が冠水して通れません。志摩市へも伊勢市へも行き来ができなくなります。鳥羽市内から帰ることができなくなった旅行客にも、部屋が空いていれば部屋を使っていただきます。部屋が空いていない場合は宴会場などのスペースの提供をすることになるかもしれません。簡易の組立トイレなども用意はしています。
突然災害が起きた際に急に対応できるかどうかはわかりませんが、準備は必要だと考えています。東北の震災直後には、鳥羽市内のホテルや旅館が集まってワークショップをしました。交通網が遮断された時にどうするか、ケガをした人がいたらどうするか。その場合は海からの救助か、空からの救助。そういった想定をしておかなければいけない。近隣のホテルとの連携も必要になります。三重企業等防災ネットワークの会員でもあります。災害時を想定した準備は必須だと考えています。」
■取材を終えて
自社の生ごみのたい肥で野菜や果物を生産し、調理残差で鯛の養殖を行う。雑紙でトイレットペーパーをつくる。そして生産されたものも自社で使う。旅館と地域、農家、漁業者、研究所、行政などが連携して、地域でサスティナブルな食材やものをつくり、地域経済の活性化につなげようとされています。「地域循環」の仕組みをつくられています。
旅館業+αの価値を持つ旅館だと気づかされました。旅館初のエコマーク認定を受け、三重県が誇る「エコホテル」「サスティナブルホテル」だと感じました。また、環境面だけではなく、従業員との関係性、特に外国の方の雇用に関しては、外国の人の仕事へのモチベーションを高めながら外国人の方のニーズを聞きながら業務スキルを培っていく支援もされています。災害に関しても、災害が起きた時の鳥羽市の状況を想定し、地域や同業者と連携しできることをしていこうとされている。まさに、「地域を愛し、地域に愛される旅館」です。「戸田家のSDGs取組」というよりも、「地域にある旅館としてすべきことをしていたら『SDGs旅館』となっていた」と表現することが最も適しているように取材を通して強く気づかされました。